「父あれば斯(ここ)に母あり。母あれば斯に父あり。父母あれば斯に子女あり。故に若し父なかりせば則ち神なし。若し母なかりせば則ち人なし、唯一真神在す。真人にして万有の父母たる神なり。」
新井奥邃、『聖言』、175
「父がいるならばここに母がいる。母がいるならばここに父がいる。父母がいるならばここに子どもがいる。ゆえにもし父がいない場合は神は存在しない。もし母がいない場合は人は存在せず、ただ一人のまことの神が存在するだけである。真の人にしてすべての父母こそ神である。」
聖書の語る神さまは、天地万物を創造され今も後もすべてを統べ治めておられるまことの神さまです。その神さまが人とはかかわりなく存在しておられる方ではなく、人間を愛する神さまです。ですから人間に深くかかわる神さまです。
ですから聖書の語る神さまは、三位一体の神さまです。すなわち父であり子であり聖霊である神さまです。
父としての愛と力を持った神さま。子として人間の苦しみや悲しみ、弱さに寄り添う神さま。聖霊として今も後もともにいる神さま。ここにまことの神さまとしての愛と義が完全に示されているのです。
そこには父の愛、母の愛を兼ね備えた神さまの愛が豊かに現わされています。
〔聖書の個所〕
しかし、上にあるエルサレムは自由であり、私たちの母です。
(ガラテヤ4章26節)
それどころか、あなたがたの間で、母がその子どもたちを養い育てるように、優しくふるまいました。
(第1テサロニケ2章7節)
私はあなたの純粋な信仰を思い起こしています。そのような信仰は、最初あなたの祖母ロイスと、あなたの母ユニケのうちに宿ったものですが、それがあなたのうちにも宿っていることを、私は確信しています。
(第1テモテ1章5節)