カテゴリー: 新井奥邃

  • 「人の性は愛を以て息し、其情は愛を以て伸ぶ。将に伸びんとするの情、若し冷笑の風に遭はば、乃ち萎縮せむ。冷笑は枉曲の心に生じ、人と己を併せて害す。」

    「人の性は愛を以て息し、其情は愛を以て伸ぶ。将に伸びんとするの情、若し冷笑の風に遭はば、乃ち萎縮せむ。冷笑は枉曲の心に生じ、人と己を併せて害す。」

    新井奥邃、『聖言』、46

    「人間の心やいのちは愛によって生き、また育まれる。その感情やのぞみも愛によって伸び広がりまっすぐになる。いままさに伸びようとする心に、もし冷笑の風にあえば、たちまち萎縮してしまう。冷笑は心のねじまがったひとの心に生じ、他人と自分自身との両方をそこない傷つけ殺してしまう。」

     「冷笑の風」とは「あざけりわらうこと」でしょう。人を馬鹿にし、低く、劣っていると見ることです。そうして自分は賢い、正しいとする卑怯な心です。これは愛とは正反対の心です。これでは人を育てることができません。また人だけではなく自分自身をも損ない傷つけてしまい、最終的には殺してしまうでしょう。冷笑する人は、結局自分自身を殺してしまうのです。
     人を育てるのは「愛」です。心も体もみな愛によってはぐくまれ成長するのです。もし豊かな人生を歩みたいと願うならば、ただひたすら愛に生きることです。

    〔聖書の個所〕

    愛する人々よ。私たちの主イエス・キリストの使徒たちが、前もって語ったことばを思い起こしてください。彼らはあなたがたにこう言いました。「終わりの時には、自分の不敬虔な欲望のままにふるまう、あざける者どもが現われる。」この人たちは、御霊を持たず、分裂を起こし、生まれつきのままの人間です。しかし、愛する人々よ。あなたがたは、自分の持っている最も聖い信仰の上に自分自身を築き上げ、聖霊によって祈り、神の愛のうちに自分自身を保ち、永遠のいのちに至らせる、私たちの主イエス・キリストのあわれみを待ち望みなさい。
    (ユダ1章17~21節)