カテゴリー: 新井奥邃

  • 「仮令微小なるも善種は即ち善種、千歳の高松老柏も皆一小種子よりして成る。誠に能く其の種子を培養すれば、一粒と雖も遂に成長して天空の禽獣も来りて、其の枝葉に住むに至らん。是れ献身神に勤労する功果、此の栄耀を致すなり。」

    「仮令微小なるも善種は即ち善種、千歳の高松老柏も皆一小種子よりして成る。誠に能く其の種子を培養すれば、一粒と雖も遂に成長して天空の禽獣も来りて、其の枝葉に住むに至らん。是れ献身神に勤労する功果、此の栄耀を致すなり。」

    新井奥邃、『聖言』、64

    「たとえごく小さなものであっても善い種は、とりもなおさず善い種である。千年の年月を経た高くそびえる松や老齢な柏の木もみな、一粒の種から成長した。注意を払ってよくその種を培養するならば、一粒であったとしても必ず成長して大空を飛ぶ鳶や鷹もやってきて、その枝に住むようになる。これこそ献身である、神さまのために勤しみ労することによるいさおしであり果実である、このような栄光と輝きに満ちた仕事をしなけれがならない。」

     たとえ小さな存在であっても、その価値を認める事は大切なことです。その小さな中に価値を見出して、それを励まし育てていくことは大切なことです。信じて育てていくならば、やがて大樹となり、多くの人に影響を与えることになるでしょう。これこそ、献身であり、神さまのお仕えすることなのです。
     神さまに仕えるというと、なにやら大きなことや立派なことに目がいくものですが、まことの献身に生きる人は、人が目を向けないほどの小さくみすぼらしいものに目を向けます。
     大きい、小さいといったサイズは、この地上の物差しではかっていはいけません。常に天国のはかりではかりましょう。今まで見えなかったものが見えてくるでしょう。

    〔聖書の個所〕

    イエスは、また別のたとえを彼らに示して言われた。「天の御国は、からし種のようなものです。それを取って、畑に蒔くと、どんな種よりも小さいのですが、生長すると、どの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て、その枝に巣を作るほどの木になります。」
    (マタイ13章31~32節)

    死に至るまで忠実でありなさい。そうすれば、わたしはあなたにいのちの冠を与えよう。
    (黙示録2章10節)