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  • 「狐には穴があり、空の鳥には巣がある。だが、人の子には枕する所も無い」。 マタイによる福音書8章20節

    〔世に抗して〕
    2015年2月10日(火)

    唯一豊かな方イエスは、人びとの間で最も貧しい人となっておられます。この方、世に向けられた神の恵みそのものであるお方は、宿屋で部屋が見つからず、そして今日に至るまで一つも部屋を見出すことができない最初の、最も高貴の客であり旅人です。

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    もし教会がイエスとは違っているなら、つまり狐がその穴を、空の鳥がその巣を見出すように、もし教会がイエスと違って、枕する場所を持っているならば、どうしてそれは「彼の」教会でありましょうか。

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    教会は自らに、つまりその選びと召命に忠実であるならば、必ずや、その時には教会はさすらう神の民としての己が特性を告白せざるをえないでしょう。

    カール・バルト、『カール・バルト一日一章』
    小塩節、小鎚千代・訳、日本キリスト教団出版局、2007年9月25日発行、97f。

    この世にあって教会は、枕する所もなかったイエスさまと同じように、枕する所を持たない存在です。もし枕する所を持ったとしたら、それはもはやイエスさまの教会ではない、ということです。

    教会、そしてその教会に生きる私たちは、さすらいの民です。この世から迫害を受け、居場所を見つけることができなくなることがあります。それは悲しく辛い経験です。しかし、まさにイエスさまの教会でありイエスさまのものとされた私たちの特性が明らかにされているのです。

    決して悲しく辛いことではありません。

    (祈り)

    神さま、苦しみの時にあなたが一番近くにいてくださることを感謝します。