寝静まった古代の港町トロアス、その闇のなかに、あかあかとたくさんのあかりをともしている一軒の家、これが今も生きる私たち教会の姿ではないか。暗夜にあかあかと燃えるともしび、それは私たちの存在そのものでもあるのではないか。
加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、306頁
2020年10月15日(木)
教会、そして私たちは、ともしびである、といいます。この世は暗闇の中にあります。世を愛して、降ってくださったまことの神イエスさまは、まことに光である、とヨハネは語りました。そのように教会も、主を信じる者も、この世にあってともしびなのです。
「週の初めの日、わたしたちがパンを裂くために集まっていると、パウロは翌日出発する予定で人々に話をしたが、その話は夜中まで続いた。わたしたちが集まっていた階上の部屋には、たくさんのともし火がついていた。」(使徒20・7、8)