「主を信じる者」、これは、主に対して真実な者という意味でもある。・・・キリストの教会の全世界に拡がった歴史は、無数の「主に対する真実」に生きた無名の女性たちに担われてきた。・・・ひとつの恵みの奇跡である。
加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、301頁
2020年10月10日(土)
聖書は、世界が男尊女卑を当たり前にしていた時代に書かれたとのことですが、それにしては驚くほど女性の活躍が記されています。
「わたしたちはトロアスから船出してサモトラケ島に直航し、翌日ネアポリスの港に着き、そこから、マケドニア州第一区の都市で、ローマの植民都市であるフィリピに行った。そして、この町に数日間滞在した。安息日に町の門を出て、祈りの場所があると思われる川岸に行った。そして、わたしたちもそこに座って、集まっていた婦人たちに話をした。ティアティラ市出身の紫布を商う人で、神をあがめるリディアという婦人も話を聞いていたが、主が彼女の心を開かれたので、彼女はパウロの話を注意深く聞いた。そして、彼女も家族の者も洗礼を受けたが、そのとき、『私が主を信じる者だとお思いでしたら、どうぞ、私の家に来てお泊まりください』と言ってわたしたちを招待し、無理に承知させた。」(使徒16・11-15)