キリストのためにやらしていただいている

日下一牧師・・・「私どもの善き行為は、キリストのためにやらしていただいている。・・・小さい者になした奉仕は、キリストにお仕えもうすことなのです。ですから、名刺は不要です」。いかにも、その生涯を名刺を持たずに牧師であることに徹していきたひとらしい言葉である。同じように、名刺を配らず、黙々とキリストに仕えて生きるひとが全世界に散っている。そう思うと、こころがはればれする。

加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、300頁

2020年10月9日(金)

謙虚とか謙遜という言葉とは異質な「善き行為」。「キリストのために」なすということで、その善き行為は自由の中の行為となります。

「はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。」(マタイ25・40)