何もよりも「主を畏れる人」

率直な、それだけに信頼を置けるひとであった。そして何もよりも「主を畏れる人」であった。

加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、297頁

2020年10月6日(火)

神さまを信じるということは、神さまを信頼してこの地を生きるということです。それは神さまを畏れつつ、人びととともに生きるといことです。人々とともに生きるということは、互いに相手を自分よりも優れているとして生きるということです。そういう人は、本当に優しい人です。

神さまを畏れる人は、本当の優しさを持っている人です。

「優」について、辞書の中の「解字」として以下のように記されていました。

「会意兼形声。憂の原字は、人が静々としなやかなしぐさをするさまを描いた象形文字。憂は、それに心を添えた会意文字で、心が沈んだしなやかな姿を示す。優は「人+(音符)憂」で、しなやかにゆるゆるとふるまう俳優の姿」。

たしかに俳優の「ゆう」も優しいと書きますね。

本当の優しさに生きる者になりたいと思います。

「主を畏れる人に救いは近く 栄光はわたしたちの地にとどまるでしょう。慈しみとまことは出会い 正義と平和は口づけし まことは地から萌えいで 正義は天から注がれます。」(詩編85・10-12)