神を思いのままにしようとする暗い衝動

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〔罪人らの手の中で〕

2014年4月1日(火)

「わたしの接吻する者が、その人だ。その人を捕まえろ。」マタイ26章48節後半

<悪を行なう者は、悪のない者、けがれのない者から離れ去らない>・・・悪を行なう者も、悪魔もまた、みずからの起源が、けがれのない方のうちに、すなわち神のうちにあることを知るのである。悪を行なう者は善なる者の弟子であろうとする。悪を行なう者は、その方を裏切るまでは、善なる者の情熱的な弟子である。悪を行なう者は、自分が神に奉仕しなければならないということを知っており、また自分のもっていない力を、神がもっているということで神を愛そうとするが、しかしその場合に、彼を支配しているのは、神を思いのままにしようとする衝動なのである。

ボンヘッファー、『主のよき力に守られて~ボンヘッファー1日1章~
村椿嘉信・訳、新教出版社、1986年6月30日発行、163頁ff。

神を思いのままにしようとする衝動。もしそれが私たちの中にある信仰と思いこんでいるものの正体であったならば・・・。

(祈り)
神さま、まことの神であるあなたを神とすることができるように、助けてください。

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