十二人のうちのひとり

執筆者:

カテゴリ:

〔罪人らの手の中で〕

2014年3月31日(月)

マタイ26章47節

ユダとは何者なのであろうか。
・・・
十二弟子の一人のユダ--この上、何を言う必要があろうか。この言葉で、本当に、すべてが言いつくされているのではないであろうか。
・・・
十二弟子の一人のユダ。すなわち、これは、ユダが、昼も夜もイエスのそばにいた者のうちの一人であったということを意味する。イエスに従って行った者、みずからいくらかの犠牲を払った者、イエスと共にいるためにすべてを投げ捨てた者のうちの一人であったということを意味するのである。しかも、それだけではない。さらになお、ずっと不可解なこと、すなわちイエス自身がユダを招き、ユダを選んだということをも意味する。これが本当の謎である。なぜなら、イエスは誰が自分を裏切るかを初めから知っていたのだからである。
・・・
「十二弟子のひとるのユダ」-これは大いなる、解きつくすことのできない謎である。

ボンヘッファー、『主のよき力に守られて~ボンヘッファー1日1章~
村椿嘉信・訳、新教出版社、1986年6月30日発行、161頁ff。

主イエスさまは、十字架への道を歩むのに、弟子の一人であるユダを選ばれました。この解きつくすことのできない謎の中に、神さまのご愛とめぐみを発見することが許されるのではないでしょうか。

(祈り)
神さま、みずからの中にあなたを裏切る心があるでしょうか。どうか私の心をあなたへの愛で満たしてください。

コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA