主を恐れることは知識の初め

静まりの時

  • テーマ:主を知ること
  • 聖書箇所:箴言1・7~19
  • 日付:2026年09月22日(火)

「7 主を恐れることは知識の初め。愚か者は知恵と訓戒を蔑む。」

他の訳では以下の通り。

「7 主を畏れることは知恵の初め。無知な者は知恵をも諭しをも侮る。」(新共同訳)

「7 主を畏れることは知識の初め。無知な者は知恵も諭しも侮る。」(共同訳2018)

新共同訳では、ともに「知恵」と訳されていますが、原文では違う単語ですので、新改訳や共同訳2018のようにその違いが分かるように訳すのがよいのかもしれません。最初の言葉は「知識、理解、認知、技術」という意味を持ち、後者は「知恵、知性、技量、思慮」という意味を持つとのことでした。つまり前者は技術的なことで、後者はもう少しメタ的なこと、という感じでしょうか。

知識が増えると人間は高慢になりがちです。高慢は神さまをも乗り越えて人間を傲慢にします。ですから、すべての知識のはじめ、すなわち土台に、神さまを恐れること(畏れること)を据えなければなりません。

それが人間が修めるべき「知恵」なのだと思います。

そのような知恵を育むために、「訓戒」「諭し」が必要なのです。

まさにアビラのテレジアが言ったように、真理とは謙遜のこと、なのです。