静まりの時 2021年12月31日(金)
「神は彼らの目から 涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、悲しみも、叫び声も、苦しみもない。以前のものが過ぎ去ったからである。」
(黙示録21・4、新改訳2017)
「新しい天と新しい地」がやって来る、「新しいエルサレム」が「天から降って来る」、そのときには「以前のものが過ぎ去」る、と黙示録は語ります。
私たちは過去に、過去の記憶に縛られて生きています。しかし天国に生きるということは、そういうことから自由にされるのです。信仰者は、その前味を味わっています。ですからどんな時にも自由に生きることができるのです。新しいエルサレム、すなわち信仰者の群れ、あるいは教会といってもよいと思いますが、それは天から降って来るとヨハネは語りました。地上で天国を造り上げるのではなく、ひたすら天から降って来ることを信じている、それが教会である、教会の信仰である、ということでしょうか。
昨日は実家で餅つきがありました。数年前から機械でつくこととなりずいぶん楽になりました。私は戦力外通知を受けていますので、姉夫婦やその子、孫、弟の妻、そして妻と娘、母が立ち働く中で、しずかに読書に耽っていました。つきたての餅をきな粉やおろし大根醤油、小豆の餡で食べるのもおいしいのですが、蒸したてのもち米に少し塩を振って食べるのも楽しみの一つです。何もしていないのですが、走り廻る6人ほどの姉の孫の姿にか、すっかり疲れて帰宅しました。それでもウォッチングと室内自転車をすることができたので、ずいぶん回復してきたことを思い感謝しました。
今日は大みそか、一年最後の一日ですね。良い一日でありますように。