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めぐみのパンくず

“しかし、これらのことが書かれたのは、イエスが神の子キリストであることを、あなたがたが信じるため、また、あなたがたが信じて、イエスの御名によっていのちを得るためである。”

ヨハネ21:31

◎約、二年かかってヨハネの福音書を学んできました。締めくくりのことばとしてヨハネが「これらのことを書いたのは」と押捺印を押しています。振り返りつつ学びます。

◎第一に、福音書の証言は「真実」であるということです(20:24)。証言が真実と言うことばは、間違いなく誠実で真実なものと訳される言葉が使われています。証言が偽りならば永遠のいのちにかかわる問題ですから大変なことになりますね。ヨハネは真実である事をこころから証ししたのです。

◎この「真実」と言うことばは牧会書簡と言われます、テモテの手紙で監督職(牧師・宣教師・伝道者)の資質に使われていますが、そこでは、教会外でも「評判の良い人」Ⅰテモテ3:7と訳されています。「真実」は「良い評判」につながって行きます。歴代のキリスト者が真実な生活の中で勝ち取った代名詞が「評判が良い」と言うことでした。

◎第二に真実な証しであっても、信じなければなにもなりません。鰯の頭も信心から~のようないいかげんなものでなく、それは、イエスがキリスト(救い主)なるお方であることを、そしてこのお方が死んでよみがえられたことによって与えて下さるいのちを確かに受け取ったと信じることだと言うのです。この世の限られたいのちから永遠のいのちへの世界へと入れられたのだと。この文に一人一人が信仰の押捺印を押したいと思います。

めぐみのパンくず

そして、もしキリストがよみがえられなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお、自分の罪の中にいるのです。”Ⅰコリント15:17    

      

◎使徒パウロは、コリントの教会員にキリストの復活がもっとも大切な事としての事実をかたりました​。しかし、キリスト者でありながら死者の復活に疑問を持つ人々がいたのです。

◎​その人たちに向かって、使徒パウロは「もし」「そして」をくり返しながら否定的に4つのことを語ります。

①キリストの復活もない。

②宣教も信仰も虚しいものになる。

③ゆえに信仰も虚しく妄想で終わってしまう。

④キリスト者はありもない事を信じて生きて行くので最もこの世で哀れなものとなる。・・・と。

◎イエスさまを信じて(信頼して)よろこびのうちに信仰生活を送って行く最大の動機は罪赦されて神の子とされたのですから、滅びの子ではなく復活の希望が待っている神さまの子どもだからですね。

◎確かな信仰の上に立っているキリスト者は使徒パウロとともに告白します。

①キリストはよみがえられました。ルカ24:34

②この「福音・良きおとずれ」を宣べ伝えるのです。

③この信仰はむなしいどころか唯一の確かな希望です。

④この世界にあって一番幸せな存在者です・・と。ハレルヤ・イースター万歳です。