詩篇の祈りに導かれて(74)(週報2026年3月1日号)

 詩篇74編の背景には、聖所が「永遠の廃墟」となっている現実があります。神さまの聖所、神殿が踏みにじられているのです。しかも、神さまはずっと沈黙したままでおられます。まさに、「永遠の廃墟」のような状態です。

 詩人は、「なぜ」、「いつまで」という問いを繰り返します。なぜ、こんなことが起こっているのか、なぜ、神さまは黙っておられるのか、いつまで、こんなことが続くのか、詩人とイスラエルの民には分からないのです。詩人は出口の見えないトンネルの中にいるような感じだったのではないか、そのように想像します。そして、私たちも同じようなことを経験します。

 詩人の祈りからは希望が感じられません。それでも、詩人は、絶望しないで、必死に祈り続けています。そして、詩人が絶望せずに祈っているのは、神さまを見つめているからです。世界を造られた神さま、自分たちを救い導いてきてくださった神さまです。詩人は、神さまの創造と救いのみわざを見つめながら、すべてをご存知の神さまを信頼して祈り続けるのです。

 信仰は分からない時に問われます。その信仰とは闇雲に神さまを信じることではありません。神さまを信頼することです。そして、その信頼は神さまからいただくものです。聖書を通して、神さまの創造と救いのみわざを見つめながら、神さまが信頼すべき方であることを新しく教えられて、神さまにゆだねる者とされていくのです。

信仰の創始者であり完成者であるイエスから、目を離さないでいなさい。(へブル人への手紙12章2節)


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