説教要旨 2026年02月22日(日)

  • 日時:2026年02月22日(日)
  • 聖書箇所:第一コリント10章1~5節
  • 説教題:洗礼と聖餐

暗唱聖句

その岩とはキリストです。

第一コリント10章4節

説教要旨

洗礼と聖餐の恵みにあずかってなお滅びに向かう人間

イエスさまは、二千年まえにユダヤのベツレヘムで、マリアとヨセフの子としてお生まれになりました。おおよそ33歳の時に十字架にかかって死なれ、三日目に復活されました。弟子たちに40日間現れ昇天されました。その10日後に聖霊が降臨し、イエスさまご自身が建てるといわれた教会を生み出してくださいました。イエスさまを信じる者は、三位一体の神(父なる神、子なる神(イエス・キリスト)、聖霊なる神)の名によって「洗礼」を授けられ教会生活が始まります。洗礼は出エジプトの出来事のように一回限りの出来事として人生の歴史に刻まれます。その信仰生活において、「聖餐」の恵みにあずかります。聖餐、すなわち按手を受けた牧師により分餐されるパンとぶどう汁を食することによって、キリストのからだと血にあずかり、キリストに生かされていきます。かつて荒野を旅したイスラエルを養われたように、人生の荒野を旅する新しいイスラエルである教会をキリストは聖餐によって養い続けてくださいます。コリントの教会の信徒たちもそのような信仰生活を送っていました。しかしその信仰生活はパウロが手紙を書かなければならないような問題の多いものとなっていました。この10章では偶像礼拝に対する戒めをパウロは語ります。

「兄弟たち。あなたがたには知らずにいてほしくありません」(1)。

このことはぜひ知っていてほしい。そうして語るのは、出エジプトと、その後の荒野の旅のことでした。旧約聖書に記されている出エジプトの出来事、すなわち、モーセに導かれ紅海を通っていったことは、洗礼にあずかったことである。その後の荒野の旅において、マナという不思議な食べ物やうずらによって養われたこと、水がないときには岩から水を出して渇きが癒やされたこと。それらは「霊的な食べ物」「霊的な飲み物」である。それは聖餐にあずかっていたことなのだ、とパウロは語ります。

民の渇きを癒やした水がほとばしり出た岩。その岩ことを「彼らについて来た霊的な岩」と語り、「その岩とはキリストです」と語ります。キリストはこの世界の創造のはじめからおられ、イスラエルの民を導いて来てくださったのです。にもかかわらず、彼らの大部分は神さまのみこころにかなわず、この古いイスラエルはその多くが荒野で滅ぼされてしまいました。このことはぜひ忘れないでいてほしい。パウロはそう語りました。

洗礼と聖餐にあずかってもなお、神のみこころにかなわず滅ぼされてしまう、ということが起こってしまう。そのことをぜひ知っておいてほしい、と語るのだと思います。

人生をともに旅してくださるキリスト

「彼らについて来た霊的な岩」「その岩とはキリストです」(4)。

この出来事は民数記に記されています。あらためてその箇所を読んでみます。

「『杖を取れ。あなたとあなたの兄弟アロンは、会衆を集めよ。あなたがたが彼らの目の前で岩に命じれば、岩は水を出す。彼らのために岩から水を出して、会衆とその家畜に飲ませよ。』そこでモーセは、主が彼に命じられたとおりに、主の前から杖を取った」(民数記20章8,9節)

荒野を旅するイスラエルがツィンの荒野、カデシュにとどまった時に、水がありませんでした。民はつぶやきました。そこで神さまは岩から水を出しイスラエルを養われました。これはメリバ(「争う」という意味)の水(13節)と呼ばれイスラエルの民に記憶されました。このようなことは一度だけではありませんでした。荒野を旅するイスラエルの民は、その後もパンがない、水がない、と幾度もつぶやきました。その都度、神さまは食物と水をあたえて民を養われました。この「岩」を民数記は後に「井戸」と語るようになります。

「彼らはそこからベエルに向かった。それは主がモーセに、『民を集めよ。わたしが彼らに水を与える』と言われた井戸である」(民数記21章16節)。

この岩(井戸)は、イスラエルの旅に常に伴っていたと民数記は語ります。移動することのないはずの岩が、イスラエルの旅において、常について来たのだ、というのです。不思議なことです。この「彼らについて来た」岩を「霊的な岩」とパウロは語り、「その岩とはキリストです」と語るのです。

堅く揺るぐことのない岩。同時にこの岩は打てば水を出し、動くことがないはずなのに旅について来る不思議な岩。それはキリストである、というのです。荒野を旅したイスラエルの民と常にともにいて養ってくださったキリストは、私たちと常にともにいて私たちを養ってくださいます。つぶやく民をも養い続けてくださった神は、十字架と復活の愛をもって私たちとともにいて養い続けてくださるのです。

その恵みの事実も「知らずにいてほしくない」と語るのだと思います。

祈り

 岩のように揺るぐことのない確かな御手、そして打てばほとばしり出てすべての渇きを癒やしてくださる恵みの御手をもって、私たちを支えていてくださることを感謝します。

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