「あなたの義によって私を救い 助け出してください」。詩篇71編の詩人は神さまの義を根拠にして救いを求めています。
詩人が神さまの義を根拠にして祈ったのは、自分の義に自信があったからではないでしょう。自分なら、神さまから正しいと認めてもらえる、祈りも聞いてもらえる、そんな自信があったのではないはずです。その反対に、自分の義を根拠にすることができないことを、詩人はよく分かっていたのだと思います。自分の義を根拠にして祈ることができない、それが罪人の現実です。
神さまに何かを求めることができるとすれば、それは神さまご自身にしかできないことです。詩人はその神さまご自身を祈りの根拠としたのです。そして、驚くべきことに、そのような詩人の祈りを、神さまはそのままに受け入れていてくださるのです。
義なる神さまは、同時にいつくしみ深い神さまです。祈りを聞いていただく資格のない私たちに、祈りの道を開いていてくださる神さまです。神さまに祈ることができる、そのこと自体が救いです。
詩篇71編の詩人に与えられた祈りの恵みは、現在の私たちにも与えられています。まことの人となられたまことの神さま、主イエスさまの御名によって祈ることができる恵みです。
イエスさまの御名によって祈るたびに、祈る資格のない私たちに、祈る道が開かれている豊かな恵みを覚えて感謝したいと思います。
あなたがたが、わたしの名によって何かをわたしに求めるなら、わたしがそれをしてあげます。(ヨハネの福音書14章14節)