『潤った園のように』から
「頼れるものがなにもないとき/最後の砦も音を立てて崩れるとき/確かなものがなにもないとき/しかし神の支配は続いている/それはまさに神に信頼するとき」(ジョセフ・パーカー)
アサという王の時代です。ゼラフというクシュ人が攻めてきました。クシュ人ゼラフは「百万の軍勢と三百台の戦車」を率いています。ものすごい大軍です。太刀打ちできる相手ではありません。しかし、アサ王はゼラフの軍に対して戦いの備えをしました。なぜなら、神さまのご支配を信じ、その神さまを頼りとしていたからです。
実は、アサ王の下にはそれなりの兵がいました。「防備の町々」も築かれていました。アサ王には何も頼るものがなかったとは言えないように思います。それでも、アサ王は即座に神さまに助けを求めたのです。
他に頼るものがなくて、神さまを頼りとするのではありません。神さまのご支配を信じるからこそ、神さまを頼りとするのです。
神さまのご支配は変わることがありません。私たちがどんな状況に置かれている時にも、神さまのご支配は続いています。私たちが信じようが信じまいが、神さまのご支配は変わらないのです。私たちは、その神さまのご支配を信じて、神さまに自分を委ねて生きるように招かれているのです。
「私たちの神、主よ、私たちを助けてください。私たちはあなたに拠り頼み、御名によってこの大軍に向かって来ました。」(歴代詩第二14章11節)