主の御前に生きる(1)(週報2025年1月5日号)

『潤った園のように』から

 「彼が導かれる/わたしたちの知らなかった道を示される/彼が示されるのは上り坂/わたしたちの足取りが重くても/道の途中で力が衰えて倒れることが多くても/嵐や闇が太陽の光をさえぎり/ 雲が風に吹き去られても/彼がいつまでも/わたしたちを導いてくださると知っている(ニコラウス・ルードヴィクス・ツィンツェンドルフ)

 四十年にも及ぶ荒野の旅を経験してきたイスラエルの民が、ヨルダン川の川辺までやってきました。ヨルダン川の向こう側はイスラエルの地です。神さまが与えると約束してくださってきた地です。約束の地を川の向うに見るイスラエルの民、その彼らに与えられた神さまからの言葉が申命記です。

 イスラエルの民は四十年に及ぶ荒野の旅を通して、様々なことを経験しました。それでも、ヨルダン川の向こう側は未知の世界です。新しい道です。不安を覚える民も多かったことでしょう。神さまは、そんなイスラエルの民に、ご自分の目をとどめていてくださることを約束されました。

2025年が始まりました。私たちはその入口に立っています。どのような一年になるのか、不安に思うことがあるかも知れません。期待することもあるでしょう。どのような一年であるにしろ、私たちの歩む道には神さまの目が注がれています。

「年の初めから年の終わりまで、あなたの神、主が絶えずその上に目をとどめておられる地である。」(申命記11章12節)


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