詩篇の祈りに導かれて(68)(週報2026年1月18日号)

 詩篇68編の中で歌われているのは、エルサレムをご自分の聖なる住まいと定められた神さまです。詩篇68編の詩人は、その神さまのことを、何よりもまず「孤独な者を家に住まわせ」る方と歌います。神さまは孤独な者をご自分の住まいに住まわせてくださる方です。

 ある本の中で紹介されていた学生の言葉が印象に残っています。「本当は一人きりでいる孤独なんて寂しくない。でも、周りにたくさん人がいて、みんな楽しそうに話しているのに、その中で自分の居場所がない、自分はここでは一人なんだと思う孤独は、本当に厳しくて、死にたくなる」。

 孤独とは一人きりであることです。しかし、周りには人がいても、孤独を感じることはあるのだと思います。自分の痛みや苦しみを理解してくれる人がいない、一緒に喜ぶ人の輪の中に入ることができない、さまざまな場面で私たちは居場所を失って孤独になるのです。

 孤独と縁のない人はいません。誰もが自分の居場所を見失って厳しい孤独を味わうことがあるのです。しかし、神さまの住まいには居場所があります。神さまご自身が私たちの居場所を心配していてくださるのです。

 まことの人となられたまことの神さま、主イエスさまは十字架において誰にも理解することのできない孤独を味わってくださいました。孤独を味わい尽くされたイエスは、私たちのことを誰よりもよく知っていてくださいます。

ザアカイ、急いで降りて来なさい。わたしは今日、あなたの家に泊まることにしているから。(ルカの福音書19章5節)


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