説教音声・要旨 2025年12月21日(日)

  • 日時:2025年12月21日(日)
  • 聖書箇所:マタイの福音書1章18~25節
  • 説教題:主の使いが命じたとおり

暗唱聖句

マリアは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。

この方がご自分の民をその罪からお救いになるのです。

マタイの福音書1章21節

説教音声

説教要旨

神は私たちとともにいたいと願われている

マリアをひそかに去らせようとしたヨセフでしたが、夢に現れた御使いのお告げ「恐れずにマリアをあなたの妻として迎えなさい」のことばを受けてマリアを迎え入れました。そのとき御使いはヨセフにもうひとつのことを命じました。「マリアは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい」。

イエスという名の意味は「主は救う」。まさに救い主にふさわしい名前です。イエスということばは旧約聖書では「ヨシュア」と表記されています。出エジプトのときの指導者モーセのあとを引き継いだヨシュアが有名ですが、聖書にはほかにもこの名前の人物が登場します。イエスさまの裁判のときに登場したバラバという犯罪人は、「バラバ・イエス」(マタイ27・17)、すなわち父の子イエス、という名であったといわれます。おそらく男子が生まれたならば、どこの家庭でも付けられるような平凡な名前です。

つづいて聖書は「このすべての出来事は、主が預言者を通して語られたことが成就するためであった」と語ります。さらに、イザヤ書からの引用句があり、その中のインマヌエルということばが「神が私たちとともにおられる」という意味である、と語りました。

救い主の名前は、どこにでもあるような平凡な名前であり、その意味するところは、神さまは私たちとともにおられる、ということである。それは預言者がいにしえから預言してきたことであった。それがここに成就したのだ、と聖書は語るのです。このマタイの福音書の最後に記されている復活のイエスさまのことばも「見よ。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたとともにいます」です。

私たちの救い主は、私たちには思いもつかないような特別な名ではありませんでした。どこにでもあるような名前をもって私たちのところに来てくださいました。そこには、私たちとともにいたいと願われている神さまのみこころが明らかにされているように思います。神さまは、私たちとともにいたいと願われているのです。

神は私たちに呼びかけられたいと願われている

ヨセフは、御使いが命じられたとおりにその産まれた子を「イエス」と名付けました。これは、御使いをとおして父なる神さまが付けられた名前でした。この出来事は「聖霊による」と御使いは語りましたので、子なる神であるイエスさまは、父なる神さまによって聖霊によって名付けられたのだといえます。イエスさまの命名は、三位一体の神さまの御業でした。旧約聖書においてかつて「ヤーウェ」(エホバ)と呼ぶことを明かされた神さまは、いま「イエス」という名で呼ばれることをお望みになりました。

名付ける、ということにはいくつかの意味があります。名前が付けられることによって、呼びかける、ということが生まれ、呼びかけることによって、関係が生まれます。神さまは、名前のない原理や得体の知れない恐るべき力、ハイパーパワー、宇宙の力というようなものにとどまっておられるようなお方ではありません。名前をお持ちの方、人格(位格)をもっておられるお方として私たちにご自身を明かされます。

神さまは名前を持って私たちにお出会いくださるほどに、限りなくへりくだってくださいました。そうして私たちに「呼ばれる」ということを願われたのです。神さまはご自分を呼び求めることを欲しておられるお方なのです。

「イエス」という名前自体に、魔術的な力があるのではありません。名を呼ぶことは、神さまとの親しい関係の中に生きることです。神さまとの親しい関係の中に生きる、ということこそ聖書が語る「救われる」ということなのです。

最初の人アダムは罪を犯し神さまから遠く離れてしまいました。その子孫である私たちは、すべて神さまから遠く離れているという罪の中にあります。しかし神さまは、イエスという名を付けられることにより、私たちが神さまを親しく呼び求める道を拓いてくださいました。

「あなたが世から選び出して与えてくださった人たちに、わたしはあなたの御名を現しました。」(ヨハネ17・6)

「苦難の日に
 わたしを呼び求めよ。
 わたしはあなたを助け出し
 あなたはわたしをあがめる。」         (詩篇50・15)

「『主の御名を呼び求める者はみな救われる』のです。」   (ローマ10・13)

祈り

暗闇の世に御子イエス・キリストを降してくださいました父なる神さま。あなたは、世の終わりまで私たちとともにいたいと願われました。また、私たちにご自身の名を明らかにし、私たちに呼ばれることを願われました。私たちがあなたとの親しい関係の中に生き、私たちを救われた者として歩むようにと招いてくださいました。いかなる時もあなたの御名を呼び求める者とならせてください。

説教20251221-01
説教20251221-02


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