説教音声・要旨 2025年11月30日(日)

主日礼拝説教:2025年11月30日(日)

聖書箇所:出エジプト記17章8~16節

説教題:祈りに支えられて

暗唱聖句

死んでくださった方、いや、よみがえられた方であるキリスト・イエスが、神の右の座に着き、しかも私たちのために、とりなしていてくださるのです。

ローマ人への手紙8章34節

説教音声

説教要旨

神の杖を手に持って

 神さまの配慮によって戦いを免れてきたイスラエルの民が初めて戦うことになりました。相手はアマレクです。戦うのは後にモーセの後継者となるヨシュアです。モーセ自身は、神の杖を持って、アロンとフルを伴って、丘の頂に立って手を高く上げました。モーセが手を上げているときはイスラエルが優勢になり、手を下ろすとアマレクが優勢になりました。手を下ろすのは疲れのためです。そこで、アロンとフルが両側からモーセの手を支えました。そして、モーセの手がしっかりと上げられている中で、ヨシュアはアマレクの民を討ち破りました。

 アマレクと戦ったのはヨシュアです。しかし、聖書が注目するのは丘の頂に立って手を高く上げたモーセです。教会はモーセが手を高く上げたことを祈りと理解してきました。モーセは手を高く上げて神さまに祈ったのです。

 祈りと言えば、私たちは神さまの助けを求めることのように思うかも知れません。もちろん、そのような面もあります。私たちは神さまの助けを求めて祈ります。モーセもそうだったことでしょう。しかし、モーセの祈りは、単純に神さまの助けを求めることばかりではないようにも思います。

 高く上げられたモーセの手には神の杖があったはずです。神さまは、モーセに与えたご自分の杖によって、さまざまなみわざを示してきてくださいました。神の杖は神さまがともにいてくださることのしるしでした。そして、その神の杖を、モーセは手に持って高く上げていたのです。ここに神さまがいてくださる、神さまがともに戦っていてくださる、そのことが示されているのです。モーセが神の杖を手に持って高く上げたのは、ともにいてくださる神さまを信頼することにほかなりませんでした。モーセは、神の杖を手に持って高く上げながら、神さまがともにいて戦っていてくださることを覚えたのです。

 信仰生活は戦いです。それは祈りの戦いと言っても言い過ぎではないように思います。そして、その祈りとは、神さまを信頼することであり、自分を神さまに委ねていくことです。なぜなら、神さまは、私たちが祈る前から、私たちを愛していてくださり、私たちとともにいてくださる方だからです。私たちは、祈りを通して、神さまがずっとともにいてくださったことに、新しく気づかされるのです。そして、ともにいてくださる神さまに気づかされるとき、私たちはその神さまに自分をゆだねることができるのだと思います。自分の知恵や力で戦うのではありません。戦っていてくださる神さまにゆだねるのです。それは祈りなしにはできないことです。祈りによってこそ、私たちは自分を神さまに委ねることができるようになるのです。

 イスラエルの民はアマレクと戦いました。しかし、戦ったのは彼らだけではありません。神さまご自身がアマレクと戦っていてくださいました。アマレクとの戦いは神さまの戦いでした。

 イスラエルの民のためにアマレクと戦われた神さまは、私たちのためにも戦っていてくださいます。そして、私たちに求められているのは、祈りの中で、神さまを信頼して、神さまに自分をゆだねることです。

モーセの手を支えた

 手を高く上げて祈るモーセの手は次第に下がっていきました。ずっと手を上げ続けているのは不可能なことです。祈ることも同じです。私たちは祈り続けることができません。

 しかし、丘の頂に立ったのはモーセ一人ではありませんでした。アロンとフルがモーセと一緒でした。そして、そのアロンとフルによって、モーセの手は支えられました。モーセは一人で祈ったのではありません。一緒に祈ったのです。一緒だったからこそ、最後まで手を上げて祈り続けることができました。そして、その背後の祈りに支えられて、ヨシュアたちは勝利へと導かれたのです。

 モーセほどの人でも一人で祈り続けることはできませんでした。しかし、そのモーセに神さまはアロンとフルを与えてくださいました。一緒に祈る仲間を与えてくださいました。

 熱心に祈ることは大切です。しかし、より大切なことはともに祈ることです。自分の弱さを覚えながら、ともに祈り、互いに祈り合うことです。そして、そのために、神さまは私たちを教会として呼び集めてくださったのです。教会はともに祈る信仰の仲間の群れです。

祈り

 すぐに信仰が揺さぶられる私たちのために、イエスさまご自身が祈っていてくださることを覚えて感謝します。そして、ともに祈る仲間を与えてくださって感謝します。新しく始まる一週間も、神さまご自身が戦っていてくださることを覚えながら、ともに祈り、互いのために祈る私たちであらせてください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。


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