詩篇の祈りに導かれて(62)(週報2025年11月30日号)

 詩篇62編の詩人は苦しい状況の中で沈黙しています。黙って神さまを待ち望んでいるのです。「私の救いは神から来る」と確信しているからです。

 一方で、詩人は自分自身に「黙って ただ神を待ち望め」と呼びかけてもいます。黙って神さまを待ち望むことが難しかったのかも知れません。内側から湧いて出る不安や不信仰を無理やりに抑え込もうとしているかのようにも思えてきます。それでも、詩人は決して無理やりに神さまを待ち望もうとしているのではないと思います。

 詩人は「私の望みは神から来るからだ」と告白しています。「私の望みは神から来る」です。救いだけではなく、望みもまた、神さまから来ると言っているのです。望みが神さまから来るからこそ、「黙って ただ神を待ち望め」と自分に呼びかけているのです。詩人は、神さまを待ち望む信仰そのものを、神さまからいただいているのです。

 信仰生活は待つことの連続です。しかし、ただ単に待つのではありません。待ち望むのです。望みがあって待つのです。そして、その望みは神さまから来ます。神さまご自身が私たちの望みです。神さまご自身が待ち望む私たちを支えてくださるのです。

 神さまはどんな時にも私たちの望みでいてくださいます。そして、神さまからの望みは失望に終わることがありません。

この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。(ローマ人への手紙8章5節)


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