詩篇の祈りに導かれて(56)(週報2025年10月19日号)

 詩篇56編は神さまのあわれみを求める言葉から始まります。詩人は多くの人に踏みつけられていたからです。神さまのあわれみを求める詩人の目には涙があふれていました。「どうか私の涙を あなたの皮袋にたくわえてください」。

 詩人はさすらっています。恐らくは一人です。詩人の涙を見ている人は誰もいません。詩人は人知れず涙を流しているのです。それは誰にも受け止めてもらうことのできない痛みや悲しみの涙です。しかし、神さまだけは自分の涙を受け止めていてくださる、その確信を持って、詩人は神さまのあわれみを求めているのです。

 私たちも涙を流します。さまざまな事情の中で涙を流します。人知れず涙を流すこともあります。誰にも涙を受け止めてもらえないこともあります。しかし、神さまはその私たちの涙を受け止めていてくださいます。一粒ももらすことなく、私たちの涙を皮袋に蓄えていてくださいます。神さまは私たちのどのような涙も受け止めていてくださるのです。

 まことの人となられたまことの神さま、主イエス・キリストはあらゆる試みを受けてくださいました。十字架の苦しみを受けてくださいました。だからこそ、どのような私たちの涙も受け止めてくださることができるのです。

私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯しませんでしたが、すべての点において、私たちと同じように試みを受けられたからです。(へブル人への手紙4章15節)


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