詩篇の祈りに導かれて(55)(週報2025年10月12日号)

 詩篇55編の詩人はかつての親友から迫害を受けていました。自分を憎む者ではなく、心を許した親友から迫害を受けることは、詩人にとって忍び難いものでした。それは詩人にとっての大きな「重荷」でした。

 詩人は「あなたの重荷を主にゆだねよ」と呼びかけました。神さまに向かって何度も嘆き叫ぶ中で、詩人本人が神さまから聞いた言葉でもあったのかも知れません。いずれにしろ、詩人が「ゆだねよ」と呼びかけた根拠は、「主があなたを支えてくださる」ところにありました。「主があなたの重荷を取り除いてくださる」ではありません。「主があなたを支えてくださる」、だからこそ、「ゆだねよ」と呼びかけるのです。神さまは、私たちの重荷を取り除いてくださる方というよりは、私たちを支えてくださる方なのです。

 重荷はなくならないかも知れません。重荷はそのままです。私たちは重荷を背負い続けていきます。しかし、神さまが重荷を背負う私たちの支えとなっていてくださいます。そして、神さまが支えてくださるからこそ、神さまに重荷をゆだねる者は決して揺るがされることがないのです。

 私たちはさまざまな重荷を背負います。重荷のない人生はありません。そんな私たちに神さまは語りかけていてくださいます。「あなたの重荷を主にゆだねよ」。そして、私たちの支えとなってくださいます。神さまこそが私たちの逃れ場です。

あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。(ペテロの手紙第一5章7節)


投稿日

カテゴリー:

,