詩篇の祈りに導かれて(54)(週報2025年10月5日号)

 詩篇54編の詩人は、自分の救いを求めるために、神さまの御名を持ち出しています。「神よ あなたの御名によって/ 私をお救いください」。

 他の誰かの名前でも、自分自身の名前でもありません。神さまのお名前、神さまご自身の御名です。なぜなら、自分の救いを祈り求めるのに、詩人に与えられていたのは、神さまご自身の御名しかなかったからです。神さまの御名こそが、神さまに祈り求めることのできる根拠だったのです。詩人にとって、神さまの御名によって祈ることは、神さまご自身のあわれみに拠り頼むことでした。

 自分の名前によって祈らなければならないとすれば、それは大変なことです。なぜなら、私たちには神さまに祈りを聞いていただくだけの根拠も資格もないからです。罪人の私たちが、自分の名前によって神さまに祈らなければならないとすれば、そこには何の希望もありません。祈ることもまた絶望でしかありません。行いによって、義と認められようとするのと同じです。

 神さまに祈ることができる、その恵みが恵みであるのは、神さまご自身の御名によって祈ることができるからです。そして、私たちには、その神さまご自身の御名、主イエス・キリストの御名が与えられています。

 イエスさまの御名によって、無力な罪人の自分を注ぎ出して祈ることのできる恵みを覚えたいと思います。

天の下でこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は人間に与えられていないからです。(使徒の働き4章12節)


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