説教音声・要旨 2025年9月28日(日)

  • 主日礼拝説教:2025年09月28日(日)
  • 聖書箇所:第一コリント7章1~7節
  • 説教題:神から与えられた自分の賜物

暗唱聖句

一人ひとり神から与えられた自分の賜物があるので、人それぞれの生き方があります。

第一コリント7章7節

説教音声

説教要旨

結婚も独身もすばらしい

淫らな行いを避けるようにとのパウロの言葉を受けて、コリントの教会からは、それならば禁欲せよということですね、と重ねての問いが送られてきたのだと思います。それに対してパウロは「淫らな行いを避けるため」結婚しなさい、と語りました。

結婚は、神さまがお定めになったものです。神さまが世界を創造し、人間をお造りになりました。神さまはお造りになられたすべてのものをご覧になって「良い」といわれたのですが、唯一「人がひとりでいるのは良くない」(創世記2・18)といわれ女性をお造りになれました。一人の人間に対しての「助け手」を造られたのです。二人は一つとなって人生を生きていくようにと神さまは結婚を定められました。一人であった人間は結婚によって全人格をもって共に生きる生活へと招かれました。神さまはそれを祝福されます。

結婚した二人は、もはや自分のからだは自分のものであって、自分のものではありません。伴侶のものです。しかし「祈りに専心するために合意の上」であれば、自分の意思を大切にしてもよい、すなわち、相手が祈るというのならば、それを尊重しなければならない、といいます。

結婚した二人はまったく同権であるとともに自分の意思を横において相手を大切にします。しかし神さまを第一にすることは、それよりも優先されなければならないというのです。自分のからだも、相手のからだも、もはやそれぞれのものではなく、神さまのものです。

人間は自分も相手も、神さまのものである、ということが確かにされてはじめて自分も相手も大切にすることができるのです。そうして結婚生活を通して神さまのご栄光を現します。

パウロは結婚を勧めると共に、もし神さまから独身の賜物が与えられているならば、独身でいるのがよい、とも語ります(7)。独身であるパウロがこう語るのは、独身でいることによってひたすら主に仕えることができる、神さまのご栄光を現すことができる、ということでしょう。家族を持つと責任は増えます。自分の考えだけで行動はできません。しかし独身であれば、身軽です。使徒の働きに記されているパウロの伝道旅行を想像すると、もしパウロに家族がいたならばパウロもパウロの家族も大変なことではないかと思います。

今日キリスト教会のグループの中には聖職者の独身制を大切にしているものがあります。そこでは独身ならではの全存在をかけて主に仕えるダイナミックで献身的な奉仕がなされています。さまざまな問題もあるのかもしれませんが、私たちが見習うべき大切な生き方がそこにあるのも事実だと思います。

結婚生活であっても、独身生活であっても、いずれも主にあるならば素晴らしい生き方である。パウロはそう語るのだと思います。大切なことは、いずれであっても、主のご栄光を現すことです。

神さまから与えられた人それぞれの生き方がすばらしい

「以上は譲歩として言っているのであって命令ではありません」(6)。少しわかりにくい言葉ですが、結婚することについては、そうしても良いのではないか、というパウロの一意見であって使徒としての、つまり教会としての命令というわけではない、ということです。パウロは、自分としては独身を勧めると語りますし、パウロ自身はおそらくこの時独身であったと推測されます(7)。しかし自分の生き方が必ずしもすべての人に当てはまるとは限らない、ということをわきまえています。使徒ペテロは妻帯者でした(マタイ8・14ほか)。同じ使徒であっても、結婚において違う道を歩む者がいたのです。パウロは自分の生き方を大切にしつつ、それとは違う生き方をも大切に考えました。キリスト教会は、さまざまな生き方を大切にします。

「一人ひとり神から与えられた自分の賜物があるので、人それぞれの生き方があります。」(7)

どうして自分と違う生き方を許容することができるのか。それは神さまを信じているからです。

神さまは、一人ひとりに賜物をお与えになっています。この賜物というのは、単に能力といったものではありません。神さまから賜った物、ということですから、どんなにすぐれた能力を持っていてもそれが神さまから与えられたものであると謙虚に受け止めていないとすれば、それは賜物とは言えません。神さまから賜った物として受け止めて、能力は賜物となります。賜物と受け止められてはじめて自分らしく生きることができ、またともに生きる人たちを生かすことができます。

ここでは、結婚するという生き方も独身でいるという生き方も、それが神さまから与えられたもの、賜わった物と受け止めることができたならば、そのように生きるのが一番よい、と語っているのだと思います。逆に神さまから賜ったものと受け止めることができないならば、別の生き方を祈り求めればよいと思います。

人それぞれの生き方があるのです。結婚する、独身でいる、ということもそうですが、それだけではありません。さまざまな生き方があります。神さまはそれぞれにその人にしか生きることのできない人生をお与えになっておられます。自分の生き方こそ一番だ、といってその生き方を誰かに押し付けてはいけません。その人にはその人の生き方があるのです。

そして私には私にしか生きることのできない生き方があります。そのためにもっとも重要なことは神さまの愛の中に生きることです。

祈り

愛すべき大切な人を愛することができるように守ってください。そのためにも、主の前に独りになる時間を大切にすることができるように助けてください。あなたが与えてくださった私の生き方を教えてください。それを大切にすることができるように信仰を与えてください。そうして共に生きる人たちの中に遣わしてください。

説教20250928-01
説教20250928-02


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