詩篇53編の詩人は、「神はいない」と言う「愚か者」の実態を指摘しながら、「善を行う者はいない」という結論を下します。二回も繰り返して強調しています。二回目は「だれ一人いない」とまで付け加えています。
「だれもいない」、「みんな言ってる」、私たちは簡単にそう言います。しかし、「だれもいない」、「みんな言ってる」と言うのは、実際には簡単なことではありません。なぜなら、そのように言うためには、一人ひとりのことを把握しなければならないからです。一人ひとりのことを把握して、初めて、「みんな」、「だれも」と言えるのです。とても大変なことです。
詩篇53編の詩人がすべての人のことを把握したのではないはずです。把握なさったのは神さまです。「神は天から人の子らを見下ろされた。/ 悟る者 神を求める者がいるかどうかと」。
神さまが大変な労苦を惜しまずに人の子らを見下ろされたのは、一人ひとりを愛されたからです。単なる調査ではありません。神さまは私たち一人ひとりとの交わりを求めて、天から見下ろされたのです。
神さまは私たちがいなくて困る方ではありません。しかし、私たちはそうではありません。私たちには神さまが必要です。そして、神さまはそんな私たちを愛していてくださいます。
「天から人の子らを見下ろされた」神さまは、まことの人となって、お生まれになってくださいました。
人の子は失われた者を捜して救うために来たのです。(ルカの福音書19章10節)