詩篇52編の詩人は「悪を誇りとする」人に「勇士よ」と呼びかけています。「勇士」というのは良い意味で使わることの多い言葉です。しかし、その「勇士」という言葉が「悪を誇りとする」人に向けて使われているのです。何か大きな皮肉を感じます。
詩篇52編の「勇士」には力がありました。その力の源は「自分の大きな富」でした。「勇士」は、神さまではなく、自分の大きな富を自分の力としていたのです。「勇士」の問題は、神さまではなく、自分の富を自分の力とすることでした。
詩人は宣言します。「神の恵みはいつもある」、「私は世々限りなく 神の恵みに拠り頼む」。詩人は神さまの恵みに拠り頼みました。それは、自分の富、自分の何かを自分の力とする生き方ではありません。神さまの恵みを自分の力とする生き方です。そして、神さまの恵みを自分の力として生きる人こそが、本当の「勇士」です。
「勇士」とは、大きな力を持っている人のことではありません。勇敢な人でもありません。神さまの恵みに拠り頼む人です。自分には何もない、しかし、その自分を愛していてくださる神さまの恵みは変わらない、このことを覚えながら、神さまご自身を自分の力とする人、それが「勇士」なのです。神さまご自身に支えられて生きる人です。
神さまは私たちにも「勇士よ」と呼びかけていてくださいます。私たちを「力ある勇士」として招いていてくださいます。
力ある勇士よ、主があなたとともにおられる。(士師記6章12節)