主日礼拝説教:2025年9月7日(日)
聖書箇所:出エジプト記14章15~25節
説教題:海の真ん中を行く
暗唱聖句
イスラエルの人々は海の中の乾いた所を進んで行き、水は彼らの右と左に壁のようになった。
出エジプト記14章22節
説教音声
説教要旨
前進するように言え
イスラエルの民は葦の海の前でファラオとエジプトの軍勢に追いつかれてしまいました。神さまはモーセに命じられます。「イスラエルの子らに、前進するように言え」。前進です。
前は海です。前進したくても、前進できません。だからこそ、神さまに助けを求めています。しかし、神さまは前進を命じられるのです。そして、次の指示を与えられました。「あなたの杖を上げ、あなたの手を海の上に伸ばし、海を分けなさい」。これまたとんでもない命令です。
もちろん、モーセ自身の手で海を分けられるはずがありません。神さまがモーセを通して海を分けてくださるのです。しかし、いずれにしろ、モーセは、杖を上げ、手を海の上に伸ばさなければなりません。それは信仰がなければできないことです。神さまが海を分けてくださる、海の真ん中の乾いた地面を前進させてくださる、その神さまを信頼するからこそ、杖を上げ、手を海の上に伸ばすのです。モーセに求められていたのは信仰でした。
モーセは手を海の上に伸ばしました。神さまを信じて、神さまの言葉に従って、モーセは手を海の上に伸ばしたのです。神さまは、そのモーセの信仰に答えるかたちで、海を二つに分けてくださいました。
信仰生活とは、神さまの言葉に従って歩むことです。道があることを確認して歩むことではありません。神さまを信頼して歩むことです。そして、神さまを信頼するからこそ、神さまの言葉に従って歩むことです。道があるかないかは関係ありません。道は神さまが造ってくださるからです。
海の真ん中の乾いた地面を進んだ
イスラエルの民は、海の真ん中を通って、文字通りに、エジプトの地を出ました。救いの実現です。その一方で、イスラエルの民を追いかけたファラオとエジプトの軍勢は、海の中に飲み込まれてしまいました。
エジプトの地を出たイスラエルの民は、二度とファラオとエジプトの軍勢を見ることがありません。これ以上、ファラオとエジプトの軍勢に脅かされることはなくなったのです。イスラエルの民は自分たちを奴隷としていたファラオから完全に解放されたのです。そして、それは罪の支配からの解放を指し示しています。
後に、使徒パウロは、イスラエルの民が海の真ん中を通ったことを、洗礼を受けたことと理解しました。そして、その洗礼は、イスラエルの民が罪の支配から解放されたのであり、その救いが確かであることを保証しています。
出エジプトのみわざを成し遂げてくださった神さまは、イエスさまを自分の救い主として信じ告白する私たちに、洗礼を命じてくださいました。父と子と聖霊の御名による洗礼です。イエスさまを自分の救い主として信じ告白する私たちは、洗礼によって、死んでよみがえられたイエスさまに結びつけられて、古い自分に死に、新しい人としてよみがえります。罪の支配から解放されて、神さまとの交わりの中に新しく生かされるのです。それは、自分を神さまに明け渡して、神さまに導かれて生きることです。
とは言っても、実際の信仰生活はそれほど単純ではありません。私たちが信仰生活の中で経験するのは、罪のしつこさです。罪はしつこいのです。しつこく私たちを追いかけてきます。だからこそ、私たちは、洗礼を受けて新しく生まれ変わっても、古い自分に悩まされることになります。罪に支配されているかのように生きることがあります。しかし、そうであるにもかかわらず、聖書が証しするのは、救われた私たちが神さまの恵みの支配の下に置かれていることです。洗礼を受けて救われた私たちは、罪の支配の下にではなくて、神さまの恵みの支配の下に置かれているのです。
ファラオとエジプトの軍勢はしつこくイスラエルの民を追いかけました。しかし、それは葦の海まででした。しつこいファラオとエジプトの軍勢は海の中に投げ込まれたのです。どんなにファラオとエジプトの軍勢がしつこくても、葦の海を越えることはできなかったのです。
救われたからと言って、私たちは完全に罪を犯さなくなるのではありません。私たちは弱いままです。罪のしつこさに捕らえられてしまうことがあります。しかし、そんな私たちをイエスさまはご自分に結びつけていてくださいます。洗礼によって、イエスさまに結びつけられている私たちは、罪の支配から解放されて、恵みの支配の下に置かれているのです。そして、その救いは決して揺らぐことがありません。
祈り
確かな救いの中に招き入れられている恵みを感謝します。罪の支配の下にある者としてではなく、恵みの支配の中に置かれている者として、歩ませてください。新しい一週間の歩みを祝福してください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。