主日礼拝説教:2025年8月31日(日)
聖書箇所:出エジプト記14章1~14節
説教題:主の救いを見なさい
暗唱聖句
モーセは民に言った。「恐れてはならない。しっかり立って、今日あなたがたのために行われる主の救いを見なさい。あなたがたは、今日見ているエジプト人をもはや永久に見ることはない。
出エジプト記14章13節
説教音声
説教要旨
栄光を現す
荒野の道に導かれたイスラエルの民は、さらに引き返して、海辺に宿営することになりました。そのまま進んで行けば、無事にエジプトから遠ざかることができます。にもかかわらず、わざわざ引き返すのです。神さまがそのように命じられたからです。それは「ファラオと全軍勢によって栄光を現す」ためでした。ファラオの全軍勢によって現される栄光とは、葦の海を渡る奇跡です。神さまによる救いのみわざです。神さまは、その救いのみわざ、葦の海を渡る奇跡によって、ご自身の栄光を現そうとしておられたのです。
「栄光」というのは、分かるようで分からない言葉だと思います。ある先生は、「神さまがいるってわかる」ということだと説明されていました。ああ、本当に神さまはいらっしゃるんだな、神さまって、本当に神さまなんだな、そのことが分かるようになる、それが神さまの栄光です。
神さまは、葦の海の奇跡という救いのみわざによって、ご自身の栄光を現されました。それは単なる奇跡ではありません。奇跡を見た時に、私たちは神さまのことが分かるようになるのではありません。神さまのことが分かるようになるのは、神さまの愛に触れた時です。神さまが罪人の自分を愛していてくださる、小さな自分にいつも目を留めていてくださる、その神さまとお出会いして、神さまの愛に触れる時に、私たちは神さまのことが分かるのです。そして、神さまの栄光をほめたたえる者へと変えられるのです。
葦の海の奇跡によって、ご自身の栄光を現された神さまは、私たちの主イエス・キリストの死と復活のみわざを通して、ご自身の栄光を現してくださいました。どのような奇跡でもありません。私たちの救い主イエスさまにこそ、神さまの栄光が現されているのです。イエスさまの愛に生かされながら、神さまの栄光をほめたたえる私たちであらせていただきたいと思います。
主の救いを見なさい
イスラエルの民を去らせたファラオは、自分で軍勢を率いてイスラエルの民を追いかけます。そして、海辺に宿営するイスラエルの民に追いつきます。何の心配もしていなかったイスラエルの民はびっくりです。前は海、後ろはファラオの軍勢、逃げ道はありません。突然の大ピンチです。イスラエルの民は、神さまに向かって叫ぶとともに、モーセに文句を言いました。簡単にまとめるとすれば、私たちをエジプトから連れ出すなんて、何て余計なことをしてくれたんだ、そのような感じです。エジプトからの脱出を喜んでいたはずなのに、状況が悪くなると、すべてをモーセのせいにしているのです。実に無責任で自分勝手です。モーセにとっては、本当に辛い言葉だったのではないかと思います。
しかし、モーセはそのイスラエルの民に命じます。「恐れてはならない、しっかり立って、今日あなたがたのために行われる主の救いを見なさい」。
イスラエルの民に必要だったのは、強大なファラオの軍勢と戦う力を身につけることではありませんでした。大きな海を泳いで渡る力を身につけることでもありませんでした。必要だったのは、神さまを見上げることでした。神さまこそが自分たちのために戦っていてくださる、その神さまにすべてを黙って委ねることでした。
信仰生活は戦いです。その信仰生活において、大切なことは、弱い自分が強くなることではありません。むしろ、その反対に、弱い自分をそのままに認めることです。そして、その弱い自分のために戦っていてくださる神さまを見上げることです。神さまご自身が、弱い私たちのために戦っていてくださるのです。そして、その神さまを見上げるところに、信仰者の強さはあるのです。信仰生活とは神さまを見上げることそのものです。
私たちも行く手を海に阻まれるようなことがあるかも知れません。同時に、後ろからもファラオの軍勢に取り囲まれるようなことがあるかも知れません。前にも進めない、後ろにも退けない、どうすることもできないことがあるかも知れません。しかし、そこに神さまはいてくださいます。私たちのために戦っていてくださいます。
いつも新しく信仰をいただいて、私たちのために戦っていてくださる神さまを見上げさせていただきたいと思います。そして、神さまを見上げながら、安心して、しっかり立っていることができれば幸いです。
祈り
私たちの救いのために、いつも神さまご自身が戦っていてくださることを覚えて感謝します。どのような状況の中でも、私たちのために戦っていてくださる神さまを見上げることができる信仰を与えてください。新しい一週間の歩みを祝福してください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。