詩篇の祈りに導かれて(43)(週報2025年7月20日号)

 詩篇43編の詩人はエルサレムから遠ざけられていました。神さまの御前に集うことができませんでした。そして、エルサレムから遠ざけられ、神さまの御前に出ることができない、その現状そのものが、詩人にとっては、神さまから退けられているように感じられることでした。

 詩人はうなだれていました。しかし、うなだれているだけではありません。「どうか あなたの光とまことを送り/ それらが私を導くようにしてください」。詩人は、神さまのみもとに帰ることを願って、神さまに「光とまこと」を願い求めたのです。

 新約聖書に目を向けると、イエスさまこそが神さまのみもとから送られた「光とまこと」であると分かります。詩篇43編の詩人が神さまに「光とまこと」を求めたことは、イエスさまが送り遣わされたことによって実現したのです。私たちは、イエスさまを通してのみ、神さまのみもとに帰ることができるのです。

 詩人は神さまから退けられていると思ってうなだれました。私たちも、神さまの愛が分からなくなって、うなだれたり迷ったりすることがあります。神さまはそんな私たちに主イエスさまを送り遣わしていてくださいます。イエスさまこそが、救いの道であり、神さまの変わることのない愛の証しです。

ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。(ヨハネの福音書1章14節)


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