詩篇19編の詩人は世界の中に神さまの御手のわざを見ています。詩人が世界の中に神さまの御手のわざを見るのは、神さまのみことばである律法によって、神さまこそが世界の造り主であることを教えられ信じているからです。
詩人の目は自ずと律法に向けられます。詩人は律法の完全さを賛美します。「主のおしえは完全で/ たましいを生き返らせ」。
イエスさまを信じて救われた私たちは、律法を否定的に考えることがあるかも知れません。しかし、詩人が証しするのは律法の完全さです。
詩人は、自分もまた、律法に教えられてきたことを告白しています。律法によって教えられたのは、誰も自分の過ちを悟れないことでした。自分で自分の過ちを悟れない罪の深刻さと恐ろしさを、詩人は教えられたのです。
詩人は神さまに助けを求めます。自分で何とかしようとしたのでも、絶望したのでもなく、神さまに助けを求めました。
詩人が神さまに助けを求めたのは、神さまのあわれみを知っていたからです。詩人は、神さまがあわれみ深い方であることを知っていたからこそ、神さまに助けを求めたのです。そして、詩人が神さまのあわれみを知っていたのも、やはり同じ律法によってです。詩人は、律法によって、救いの「岩」であり、「贖い主」である神さまご自身に導かれたのです。
しかし今や、律法とは関わりなく、律法と預言者たちの書によって証しされて、神の義が示されました。(ローマ人への手紙3章21節)