牧会ずいそう 週報2023年3月5日号
聖書愛読より 「ぶどうの木」 ヨハネ15・1~10
「わたしはぶどうの木、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人にとどまっているなら、その人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないのです。」(ヨハネ15・5)
ぶどうの枝である私たちは、まことのぶどうの木であるイエスさまとつながっていることによって多くの実を結びます。イエスさまと切り離されている状態では、実を結ぶことができません。多くの実を結びたいと願うならば、イエスさまとつながっていなければなりません。そもそも枝が木から離れているという状態は、すでにその枝は死んでいるということでしょう。死んでいる枝に実が結ばれるはずがありません。ぶどうの木につながり、水分や養分をいただいてこそ、実は結ばれるのです。
日々、イエスさまとつながり、イエスさまから力をいただいて活き活きと生きる者となり、実を結ぶ人生を歩みます。イエスさまにつながるということは、イエスさまから愛されている、ということを知ることです。自分は神に愛される存在である、ということを確かにする。愛をいただけるようなものではないにもかかわらず、愛されていることを学ぶのです。どんなに否定的な言葉にさらされたとしても、神さまの愛の御声を聞き続けるということ。それがイエスさまの枝として多くの実を結ぶ道です。