主日礼拝説教 2021年2月14日(日)

  • 聖書箇所:創世記50章1~26節
  • 日付:2021年02月14日(日)
  • 説教題:顧みる神

●説教音声

●み言葉

あなたがたは私に悪を謀りましたが、神はそれを、良いことのための計らいとしてくださいました。それは今日のように、多くの人が生かされるためだったのです。

創世記 50章20節

●み言葉の一滴

◎エジプトの荘厳な葬儀~すべての造り主である神

「その地の住民のカナン人は、ゴレン・ハ・アタデのこの葬儀を見て、『これはエジプトの荘厳な葬儀だ』と言った。」(11)

ヤコブ(イスラエル)が死を迎えました。息子ヨセフは悲しみに泣き崩れます。そしてエジプトの医者たちに父ヤコブをミイラにするように命じます。40日をかけてヤコブはミイラにされました。それから70日の喪の期間を過ごしたのち、ヨセフはエジプトの王ファラオに、父をカナンの地に葬りに行かせてほしい、と申し出ます。ファラオの許しをいただいたヨセフは兄弟たちとともにカナンの地に向かいました。この一行には、ファラオの家の長老たち、エジプトの国のすべての長老たち、さらに戦車と騎兵も加わりました。非常に大きな一団となりました。カナンの地に到着した一団は、7日間の葬儀を行いました。これを見たその地の住民のカナン人は「これはエジプトの荘厳な葬儀だ」と言いました。

ヤコブが死んだのち葬られるまでの日数はどれくらいだったのでしょうか。もしエジプトのミイラづくりの技術がなければいったいどうなっていたでしょうか。カナンの地に葬るということが果たして実現していたでしょうか。神さまは、異教の地エジプトのミイラづくりの技術を用いて、約束の地にヤコブが葬られるという道をひらかれました。私たちの信じる神さまは、すべての創造者です。その厳粛な事実は、一見、聖書やキリスト教と関係のないものであっても、神さまの御手の中に創造され支配されていることを、私たちに語っています。私たちは、どのような中にあっても創造者である神さまのみわざの中に生かされているのです。

「地とそこに満ちているものは、主のものだからです。」(第一コリント10章26節)

◎顧みる神~神の創造とは

創世記を今回をもって読み終えることになります。創世記ですから、世をお創りになれたこと、が記されている書物です。世を造られたことであるならば、創世記1章と2章でその目的を満たしているように思います。それ以降は、人間の罪の問題、そして世界の堕落が記されてきました。12章からはアブラハム、イサク、ヤコブといった族長の信仰の物語となります。

しかし1章から50章に至るこの書物を創世記として聖書に記されています。このことは、神さまの創造のみわざとは一体なんであるのか、を私たちに新しく考えさせられるのではないでしょうか。

3章以降に記されていることとは、罪と堕落の中に生き続ける人間を、それでもあきらめずに、赦し、愛し、導き、そして再生しようとする神さまのお姿でした。滅ぼして当然のような人間を、決して滅ぼすことなく、いつも新しく生きることができるようにと導いてこられた神さまの愛が記されているのではないでしょうか。

「あなたがたは私に悪を謀りましたが、神はそれを、良いことのための計らいとしてくださいました。それは今日のように、多くの人が生かされるためだったのです。」(創世記50章20節)

人間は悪を謀り続けるのです。しかし神さまはそのすべてを良いことのための計らいとしてくださいます。神さまのその良いこととは、多くの人が生かされること、そしてすべての人が新しく生きること、なのです。

創造とは、神さまによる過去の一度限りの出来事を語っているだけでなく、常に滅びに向かう私たちを、繰り返し繰り返し新しく生まれさせる、新しく創造する神さまのみわざのことをいうのではないでしょうか。創造は、今も繰り返し続いているのです。私たちは、将来、再臨の時、新天新地の時に向かって、繰り返しこの創造の神さまの御手の中に生かされているのです。神さまは、そのように私たちを顧みてくださる創造者なのです。

この創造の神さまは、悪を謀る人間をあきらめずに、御子イエスさまをこの地に遣わしてくださいました。神の子を十字架に磔(はりつけ)にするという、最も深い悪の謀りごと、それすらも、神さまは良いことの計らいとしてくださいました。すべての人はこの主の十字架によって、そして主の復活によって新しく生きるのです。

「神が定めた計画と神の予知によって引き渡されたこのイエスを、あなたがたは律法を持たない人々の手によって十字架につけて殺したのです。」(使徒2章23節)

「キリストは自ら十字架の上で、私たちの罪をその身に負われた。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるため。その打ち傷のゆえに、あなたがたは癒やされた。」(第一ペテロ2章24節)

●祈り

  • 全ての創造者であるあなたの御手の届かないところは、どこにもありません。あなたにゆだねて生きることの幸いを教えてください。
  • 私たちの悪の謀(はかりごと)をも、善に造り替えることのできるまことの創造者であるあなたの御名を賛美します。あなたの御心を大切に生きる者として私たちを造り替えてください。

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