●『今日のパン、明日の糧』(ヘンリ・ナウエン)より(19)

「私たち一人ひとりは小さな石です。けれども、私たちは一つになって、神のみ顔をこの世に現します。誰も『わたしが神を見えるものとしているのだ』ということは出来ません。しかし、私たちが一つになっているのを見て、人々は『彼らが神を見えるものとしている』というでしょう。」

 ナウエンは見えない神さまを見えるものとしているキリスト者の姿をモザイク画に発見します。モザイク画はたくさんの石が寄り集まって一つの大きな絵が描かれています。どんなに美しい石もそれ一つでは、何も現わしてはいません(石の美しさは現れているかもしれませんが)。一つひとつの石がその石ならではの輝きを出しつつ、互いに調和するところに全体としての美しい絵が現わされているのです。
 キリスト者も、各々の証し、信仰の生き方は大切なことですが、それだけでは一つの石の輝きでしかありません。他の石、すなわち他のキリスト者の調和、さらには他の教会、教派との調和、がなければ、一つの石の輝きばかりが目立ってしまい、この世はそのような姿に神さまを見出すことは出来ないでしょう。
 どんなに輝きはなくとも、自分の色をしっかりと発色しつつ、他を支え、他を励まし、他を活かすような調和に生きるとすれば、その調和そのものに、見えない神さまのお姿が現れるのです。


投稿日

カテゴリー:

,

コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


This site uses Akismet to reduce spam. Learn how your comment data is processed.