●デボーションからの黙想(12)~ボンヘッファー『主のよき力に守られて』より◎死は終わりではない

「<死の力がすでに破られている>ということが認識されるところでは、人は、一生懸命に生命にしがみつこうとしたり、また、軽率に生命を投げ捨てたりはしない。」
(ボンヘッファー、『主のよき力に守られて』より)

 主イエスさまはまことの神であるにもかかわらず私たちと同じ人間になってくださいました。そうして十字架の上で死なれました。そのイエスさまを父なる神さまはよみがえらせられました。私たちも主イエスさまを信じるなら、よみがえりの命に生きる者となります。主にある者にとってもはや死は終わりではなくなりました。
 「死は終わりではない」ということは、二つの恵みを私たちに与えます。一つは死に対していたずらに恐怖する必要がなくなったということです。死のかなたに永遠の命があるのですから、私たちは、今の命にしがみつく生き方から解放されました。もう一つは、死がすべてのことを解決してくれるということではなくなりました。死が最終的な終わりであると思っていたときは、苦しみから逃れるために死を選ぶということがあったのかもしれません。しかし死は終わりではなくなりましたから、死を選んだとしても苦しみから解放されるわけではなくなったのです。ですから復活を信じる者は軽率に命を投げ捨てません。死が終わりではないことを信じる者は、命を大切に生きることができます。


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