静まりの時
- テーマ:自然にあらわれた栄光
- 聖書箇所:ヨブ38・1~15
- 日付:2026年07月29日(水)
1 主は嵐の中からヨブに答えられた。
2 知識もなしに言い分を述べて、
摂理を暗くするこの者はだれか。
3 さあ、あなたは勇士のように腰に帯を締めよ。
わたしはあなたに尋ねる。わたしに示せ。
4 わたしが地の基を定めたとき、
あなたはどこにいたのか。
分かっているなら、告げてみよ。
ヨブ記の構成は以下の通り。
- プロローグ、散文(ものがたり) 1~2章
- ヨブの独白、嘆き 3章
- 3人の友人(テマン人エリファズ、シュアハ人ビルダデ、ナアマ人ツォファル)とヨブとの対話 4~27章
- 知恵の賛歌 28章
- ヨブの独白 29~31章
- エリフの言葉 32~37章
- 嵐の中から語る主のことば、ヨブの応答 38~42章6節
- エピローグ 散文(ものがたり) 42章7節~17節
今朝の個所は、「嵐の中から語る主のことば」の最初の部分です。
ヨブは自分の人生に起こった苦しみを嘆きます。ヨブの友人たちはヨブを慰めようと言葉をかけます。しかしヨブは慰めを受け入れることができません。「なぜこのような苦しみにあうのか」。ヨブは問い続けます。だれもその問いに答えることができません。おおよそ人間には答えることができないのです。
そこに主が登場してくださいました。しかし主が語られることばは、ヨブの問いに対する直接的な答えではありませんでした。主はむしろヨブに問われるのです。「わたしはあなたに尋ねる。わたしに示せ。わたしが地の基を定めたとき、あなたはどこにいたのか」。
つまり、ヨブよ、おまえは何者なのだ、自分をわきまえよ、世界の創造の時、おまえはそこにいたのか。お前は自らを神のようにしているのではないか。
理由の分からない人生の苦しみに出会った時、私たちは問います。その問いは無理もないことです。しかし聖書は、自らが人間であることをわきまえよ、と語るようです。そんな高圧的なことばに、私たちは耳を覆いたくなり、拒絶したくなります。しかし、もしかしたら、自らが限界ある人間であることをわきまえることにこそ、理由の分からない人生の苦しみの中に置かれても、喜びと感謝を見失うことなく健やかに生きる道が啓かれるのかもしれません。