カテゴリー: 新井奥邃

  • 「夫れ人は其為すや敏なるべく、其動くや迅なるべし。且其感覚の至るに及べば表裏精粗豁然貫通すべし。然りと雖も頓悟を許さず。頓悟は我(が)より開く者にして、上より至る者に非ざればなり。」

    「夫れ人は其為すや敏なるべく、其動くや迅なるべし。且其感覚の至るに及べば表裏精粗豁然貫通すべし。然りと雖も頓悟を許さず。頓悟は我(が)より開く者にして、上より至る者に非ざればなり。」

    新井奥邃、『聖言』、183

    「人間は何事もてきぱきとなし、迅速に行動すべきである。その感覚に至るならば表と裏、丁寧なこととぞんざいなこと、その疑いや迷いがからっとはれて、トンネルから抜け出たように物事に通じることができるであろう。そうではあるが、修行の段階を経ずに一挙に悟りを開くことは許されない。段階を経ず一挙に悟りを開くことは、自分の我欲から開こうとする者であって、神さまからの恵みによって悟りが与えられた者ではない。」

     いろいろと考え込んで、何も手につかない、ということがあります。そういう状態も大切ではありますが、行動できないということは、残念なことです。迅速に、それでいて丁寧に行動する者でありたいと思います。そのように行動しているならば、迷いの多い複雑な人生の中にあって、迷いなく喜びと感謝をもって生きることができるでしょう。一所懸命に生きるところに、晴れやかな生き方の道が広がります。
     このような生き方には一足飛びに行くことができません。地道に一歩一歩歩みを進めていくところにやがて築かれていくものです。またそうしてこそ意味があるというものでしょう。そうしてこそ神さまのお働きに委ね待ち望む者としての歩みとなるでしょう。

    〔聖書の個所〕

    あなたのパンを水の上に投げよ。ずっと後の日になって、あなたはそれを見いだそう。
    (伝道者11章1節)