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  • 御国を来たらせたまえ

    〔我らの御父 主の祈り〕
    2015年3月1日(日)

    神の国は新約聖書では、創造主の意図に添うよう、世界の生命と目標です。
    ・・・
    すでに来てしまっているのです。
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    テーブルを覆っているテーブル掛けのように、今一切のものを覆っているこの「覆い」が取り去られるよう願いましょう。テーブルはその下にあります。私たちにはテーブルは見えませんが、それを見るためには、テーブル掛けを取り去ることで十分です。
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    イースターが世界にとって普遍的な出来事となることだけを、待ち望みましょう。

    カール・バルト、『カール・バルト一日一章』
    小塩節、小鎚千代・訳、日本キリスト教団出版局、2007年9月25日発行、131ff。

    この地に神さまのご支配が豊かにあるようにと祈ります。それは神さまのご支配がいまだ「ない」からではありません。すでに神さまのご支配は豊かにあるのです。しかし私たちの目には見えていないのです。ですからこの祈りは、私たちの目の覆いが取りのけられるように、という祈りでもあります。

    神さまのご支配は、未だ隠されている部分を持ってはいますが、すでに私の人生に豊かにあるのです。

    (祈り)

    神さま、あなたのご支配を、信仰の目で見させてください。