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  • 永遠の命!

    〔復活祭〕
    2015年4月8日(水)

    罪の報酬は死である・・・
    だが今、イエス・キリストは復活祭の出来事の初めに死者として墓に横たわっておられた・・・
    私たちの罪の報酬はそこで支払われました。
    ・・・
    私たちに向けられ当てられるこの否は、そこでイエスの上に、罪を犯さなかった、死に相応しくないこの一者の上に激しく崩れかかり、この方に対して痛烈な最後に至るまで執行されたのです。
    だがこの最後が復活祭の出来事の「始まり」です。「永遠の命です」!。
    ・・・
    その路上で罪を持つ私たちが罪の報酬である死をもはや自分の前に持たず、何と背後に持つのみになる道です。
    ・・・
    永遠の命は強くて、もはや弱くない、喜ばしくて、もはや悲しくない、真の、もはや偽りのない命です。すなわち、それは死という自然の終わりを超えた命であり、今はもはや死であり得ずそのはずもなく、変わることのない命であります。

    カール・バルト、『カール・バルト一日一章』
    小塩節、小鎚千代・訳、日本キリスト教団出版局、2007年9月25日発行、206f。

    私たちの人生の最期には「死」がありました。それは罪を犯し続けた私たちが、最後の生産の時にいただく「報酬」です。私たちは良いことも悪いこともしながら人生を歩みます。罪とは単に悪いことというのではなく、自分中心ということです。いつも中心に自分がいる人生が罪びとの人生なのです。ですからみんな最後の清算の時に報酬として「死」といただくのです。

    しかしイエスさまはまことの死を死んでくださいました。ここから永遠の命が始まりました。

    主にある者は、この永遠の命に生かされています。最後が滅びではなく、永遠の命に移されました。

    (祈り)

    神さま、永遠の命に移していただけましたことを感謝します。