〔われわれはその人といっしょに住むであろう〕
2014年5月28日(水)
聖霊は物質的な力ではなく、父なる神や子なる神と同じく人格である。
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この聖霊の働きは「教えること」と、「思い起こさせること」の二つである。
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<聖霊が教会にみずからを顕わし、教会の中で活動するので、われわれがその教えをまじめに聞こうとさえすれば、われわれは暗闇の中を模索する必要はない>と固く信じることができるのである。聖霊の教えは、しかしながら、イエスのみ言葉といつも結合されている。新しいことは、古いことの上に固く立っている。だから、「思い起こさせること」が「教えること」となるのである。教会にただ「想起」しかないとしたら、教会は死んだ過去に堕落するであろう。しかし逆に、「教え」があるばかりで、想起することがないとしたら、教会は狂信者の集団になってしまうであろう。聖霊は、教会の真の助け主として、二重の活動をする。すなわち、聖霊は教会を「前へと導く」と同時に、イエスのところに「固くとどめる」のである。ボンヘッファー、『主のよき力に守られて~ボンヘッファー1日1章~』
村椿嘉信・訳、新教出版社、1986年6月30日発行、263頁f。
ヨハネ14章26節。
聖霊さまのお働きは、想起と教えである、といいます。
みことばと聖礼典により私たちは「想起」し「教え」を受けます。
2千年の昔に、この地上を歩まれたイエスさま、十字架にかかりよみがえられたお方を想起します。それと同時に今も生きて働いていてくださるイエスさまに教えていただきます。
こうしてイエスさまに導いていただきます。
(祈り)
神さま、あなたご自身を想起し、あなたご自身に教えられ導かれていくために、聖霊を注いでください。