投稿者: 塩辛と お茶漬け

  • 病んでいる祈り

    私たちが神の助けを願いはするが、命令を受けるのは好まないということーそれが私たちの祈りが病んでいる点である。

    リュティ、『この日言葉をかの日に伝え』、293頁
    第1列王記3章5、9節
    2012年09月06日(木)

    おおよそ宗教において祈りは私たちの願い事を神仏にお伝えして、私たちのその願いを実現していただくことです。しかし聖書の神さまを信じる信仰はそれとは少し違います。あるいはだいぶん違います。聖書の神さまを信じるキリスト教の祈りは、神さまからの命令に耳を傾けるという部分を持っています。
    こうして下さい、ああして下さい、という労働組合の団体交渉的祈りには、神さまからの命令に聞き従うという部分を持っていません。このような祈りは病んでいる祈りであるとリュティは語るのです。
    私たちの祈りは病んではいないでしょうか。
    祈りが病んでいるならば、人生は不幸です。人間は健やかな祈りに生きて初めて幸福な人生を歩むことができるのです。
    今日神さまは私たちに何を語っていて下さるでしょうか。その神さまからの命令に聞き従う者でしょうか。神さまからの命令に聞き従う心ぞなえがあって初めて真のキリスト者と呼ぶことができます。