投稿者: 塩辛と お茶漬け

  • キリストに生かされている

    キリストが私の内に住んでおられることと、私が生きていることとが分けられることなく、一つになっているのです。

    ガラテヤの信徒への手紙2章20節
    2013年12月17日(火)

    『心を新たに』~ウェスレーによる一日一生~
    (編)A.ルシー、(訳)坂本誠
    374頁

    キリストが私の内に生きておられる、もはや私が生きているのではない、とパウロは語りました。キリストと私が一つになっているということでしょうか。

    キリストが私の内に生きていて下さる、それは頑張って自分が生きているというのではなく、私はキリストに生かされているということです。私の力で生きているのではなく、キリストの力によって生かされているのです。

    生きる希望がない、目的がない、力がない私たちであっても、キリストが私の内に生きていて下さるので、キリストご自身が、私の生きる希望、目的、生きる力をお持ちになっていて下さるのです。

    より良く生きるためには、自分自身の力が発揮されることを願うのではなく、キリストの力が発揮されることを願うことが大切です。

    どれだけキリストに愛されているのか、をより深く、より鮮明にすることが、生きる力となります。