投稿者: 塩辛と お茶漬け

  • 忍耐は練達を生み出す

    〔神との平和〕

    2014年3月4日(火)

    神の言葉は、われわれが患難を正しく見、正しく理解することを教える。われわれの生にとって、まことに過酷でいまわしく思える患難も、実は、大いなる宝に満ちたものなのである。
    ・・・
    「患難は忍耐を生み出す」。忍耐という言葉のもとの意味は、<そのもとに留まり続ける>、<重荷を投げ捨てないで、それを負う>ということである。
    ・・・
    神の平和は忍耐する者のところにこそあるのである。

    「忍耐は練達を生み出す」。・・・生活上の事柄について練達するということではなく、神について練達するということである。・・・いろいろな種類の神体験といった意味ではなく、信仰と神の平和によって確証される練達である。・・・練達する者とは、忍耐する者にほかならない。忍耐しない者は、何も練達することができない。なぜなら、神は、このような練達を与えようとする者に、日ごとに、時ごとに、神の平和を求めて叫ばざるを得ないような多くの試練や動揺や不安を与えるからである。そして神は、われわれを地獄のような深い淵に、罪の深淵に、不信仰の暗闇の中に連れていくのだからである。しかし、これらのすべてのことにおいて、神は自分が与えようとする平和を、われわれから取り除こうとはしない。それどころか、これらのすべてのことにおいて、われわれは、神の力と勝利を、そしてまたキリストの十字架における平和の確立を、日ごとに強く経験することになるのである。

    ボンヘッファー、『主のよき力に守られて~ボンヘッファー1日1章~
    村椿嘉信・訳、新教出版社、1986年6月30日発行、113頁f。

    患難と忍耐と練達という道のりが、いかに難しいことであるのか。いかに麗しいことであるのか。今この時、私たちはそれを経験しているのです。
    難しいことです。しかし麗しいことなのです。

    (祈り)
    神さま、患難の中にあって忍耐することを教えてください。そして十字架についての練達の道を歩ませてください。