投稿者: 塩辛と お茶漬け

  • 与えられた権威

    〔使者〕

    2014年4月26日(土)

    「そしてイエスは、弟子たちに、権威を授けた。」(マタイ10:1~4から)

    弟子たちの祈りは聞き届けられた。父は子に自分の意志を明らかにした。そこで、イエス・キリストは十二人の弟子を招いて、収穫のために派遣した。
    ・・・
    使徒たちは、イエスが為そうとする業を助けなければならない。この委託を果たせるように、イエスは弟子たちに、最高の賜物を与えるのである。すなわち、汚れた霊や人類をとりこにしている悪魔にまさるイエスの力を、使徒たちに与えるのである。使徒たちは、この委託を果たすことによって、キリストに似た者となる。そして彼らは、キリストの業を為す者となるのである。
    ・・・
    キリストの業を為すためにユダもまた派遣されたということは、今なお暗い謎であり、われわれにとっても恐るべき警告であり続けている。

    ボンヘッファー、『主のよき力に守られて~ボンヘッファー1日1章~
    村椿嘉信・訳、新教出版社、1986年6月30日発行、208頁f。

    収穫のための働き人を送ってくださるように祈りなさい、と主は言われました。そのイエスさまの言葉に従って弟子たちは祈ったのでしょう。弟子たちの祈りに答えて父なる神さまは働き人を送ってくださいました。父が送ろうとされた働き人とは、弟子たち自身でした。弟子たちは収穫のための働き人としてイエスさまに遣わされます。

    遣わされる弟子たちにイエスさまはご自身の「権威」を授けられました。イエスさまの権威を与えていただいた弟子たちは、遣わされた先々でイエスさまのみ業を行ないます。そしてイエスさまご自身に似た者となります。
    自分たちの力によって何らかの業を行なうならば、それはイエスさまのみ業ではありません。また、イエスさまに似た者にもならなかったでしょう。さらには力尽きてしまっていたでしょう。
    神さまのわざは、神さまから与えられた権威によって行なわなければなりません。

    ここで、裏切ることとなるイスカリオテのユダも遣わされています。イエスさまの権威を授けられて遣わされているのです。不思議です。謎です。
    ボンヘッファーは、これは「われわれにとっても恐るべき警告であり続けている」と語ります。この世ではキリストの働きを担って為す者の中にはユダも必ずいるということを語っているでしょうか。あるいは、イエスさまのみ業を為そうとする自分自身の中にもユダがい続けるということを語っているのでしょうか。「警告であり続けている」ということは、このことを忘れてはいけないということでしょう。イエスさまのみ業を為す自分の中にも、ユダの心は依然あり続ける、と。これは自分が神にならないための大切な戒めなのかもしれません。

    (祈り)
    神さま、あなたの権威を授けてくださり、あなたのみ業を為す者と遣わしてくださることを感謝します。どうか自分の力によってではなく、あなたの力のみによって働くことができるように助けてください。