投稿者: 塩辛と お茶漬け

  • 近くにいる神

    〔神の秘密〕

    2014年6月4日(金)

    この世は、神の秘密を知ることができない。この世は自分が計算することのできる神、利用しつくすことのできる神を求めるか、あるいは全く神を求めないかのどちらかである。
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    この世は自分の望み通りの神々を造るが、近くにいる、秘密の、隠れた神を知らない。
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    この世の支配者は、計算と搾取によって生きている。それゆえにこそ、彼らは、この世で、大きくなっているのであるが、しかし彼らは神の秘密を理解しない。
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    ところでこの世は、神の秘密をいかに知らないかということをはっきりと示すひとつの「しるし」をもっている。それは、「イエス・キリストの十字架」である。もしこの世が彼を知ってたなら、「栄光の主を十字架につけはしなかったであろう」。
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    ナザレ出身の、大工のイエスが、栄光の主であったということ、これがまさに神の秘密なのである。どうしてこのことが秘密なのであろうか。それは、神が、人間に対する愛ゆえに、貧しく、低く、従順な、弱い者となっているからであり、神がわれわれと同じような「人」となったことによって、われわれも神のようになれるかもしれないからであり、神がわれわれの所に来ることによって、われわれも神の所に行けるかもしれないからである。
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    人間に対する神の愛こそが、人間に対する神の限りない近さこそが、神が「ご自分を愛する者たちのために備えられた」神の秘密である。
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    <神によって愛されている>ということは、イエス・キリストが与えられているということである。<神を愛することができる>ということは、聖霊が与えられているということである。神の謎とは、聖なる「三位一体」のことにほかならない。

    ボンヘッファー、『主のよき力に守られて~ボンヘッファー1日1章~』
    村椿嘉信・訳、新教出版社、1986年6月30日発行、280頁f。

    教会は神さまの秘密である十字架の主によって生かされ、成り立ち、前進します。
    十字架の主以外のもの、すなわち神さまの秘密以外のもの、この世にとってはすでに昔からよく知られていたことごと、によって生き、成り立ち、前進しようとするなら、 確かにこの世にあっては大きく力強くなるのかもしれませんが、それはもはや教会ではありません。
    神さまが私の所に来てくださったということ。そのための最も貧しい姿になってくださったということ。このイエスさまの十字架以外に私たちを生かすものはありません。

    (祈り)
    神さま、三位一体の神秘に感謝します。