投稿者: 塩辛と お茶漬け

  • いやし―導き―慰め

    〔主よ、あなたは私よりも強い方です〕

    2014年7月30日(水)

    「わたしは彼らの道を見た。わたしは彼らをいやし、また彼らを導き、彼らを再び慰める。」(イザヤ書57:18)
    「あなたがたは子であるのだから、神はわたしたちの心の中に、『アバ、父よ』と呼ぶ御子の霊を送ってくださったのである」(ガラテヤ4:6)

    いやす、導く、慰める―これが神の行為である。
    ・・・
    「神はわれわれの道を見る」。
    ・・・
    神は、われわれを「いやそう」としている。
    ・・・
    神はわれわれを「導こう」としている。
    ・・・
    神は、われわれを「慰めよう」としている。
    ・・・
    神は、どのようにわれわれをいやし、導き慰めてくれるのか。それは、神が、われわれのうちに、「愛する父よ」と言う声を、そう祈り、そう呼びかけ、またそう叫ぶ声を、与えてくれることによってである。

    ボンヘッファー、『主のよき力に守られて~ボンヘッファー1日1章~』
    村椿嘉信・訳、新教出版社、1986年6月30日発行、375頁ff。

    神さまは、私たちをご覧になり、私たちをいやし、導き、慰めて下さいます。
    私たちは、その神さまからのいやし、導き、慰めを受けることができます。それはこの世が与えるものとは違った、私たちの想像を超えた、はるかに豊かないやし、導き、慰めです。
    罪人である私たちがどのようのそれらを受けることができのでしょうか。
    それは神さまが、私たちのうちに、神さまを求める信仰を与えてくださるからです。

    (祈り)
    神さま、この世のものではない、あなたのいやし、導き、慰めをいただかせてください。