投稿者: 塩辛と お茶漬け

  • あなたがたの心の目がはっきり見えるようになって

    #静まりの時

    静まりの時

    • テーマ:キリストの主権
    • 聖書箇所:エペソ1・15~23
    • 日付:2025年08月25日(月)

    18 また、あなたがたの心の目がはっきり見えるようになって、神の召しにより与えられる望みがどのようなものか、聖徒たちが受け継ぐものがどれほど栄光に富んだものか、
    19 また、神の大能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力が、どれほど偉大なものであるかを、知ることができますように。

    パウロはエペソに住むキリスト者たちに手紙を送り、その冒頭に祈りの言葉を記しました。
    「あなたがたの目がはっきり見えるようになる」。パウロはそのために祈ります。
    エペソの信徒たちの目が曇っていたのでしょうか。はっきり見えない状態になっていたのでしょうか。おおよそ人間の「心の目」は曇っているのかもしれません。
    見るべきものを見ず、見ないでよいものばかりを見ているのかもしれません。そうであれば曇っている、と言われても仕方がありません。私たちも例外ではないのだと思います。

    はっきり見えるようになって、何が見えて来るのか。
    「神の召しにより与えられる望み」がどのようなものか。
    「聖徒たちが受け継ぐもの」がどれほど栄光に富んだものか。
    「神の大能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力」がどれほど偉大なものであるか。
    心の目が開かれて見なければならないものを、この三つの言葉でパウロは言い表しました。
    神さまが与えてくださる望み、すなわち希望。神さまが聖徒たちに受け継ぐようにと備えていてくださるもの。そして神さまの圧倒的な愛の力の働きによって私たちに働く神さまの力。
    つまり神さまがどんなに素晴らしいお方であるか。その神さまが私に対して為してくださること、備えていてくださること、今働いてくださる力。それらを私たちは見る。

    人生の問題は、これらが見えないところにあるのかもしれません。
    問題に出会います。苦しみや悲しみに出会います。そこで問題、苦しみや悲しみの原因を見ようとします。しかしそこでも私たちが見なければならないのは、神さまが与えてくださる希望、備えていてくださるもの、そして今働く神さまの力なのです。

    そのために心の目が開かれるように祈りましょう。