投稿者: 塩辛と お茶漬け

  • 目覚めるときには、あなたに話しかける

    静まりの時

    • テーマ:親と子
    • 聖書箇所:箴言6・20~23
    • 日付:2025年09月08日(月)

    20 わが子よ、あなたの父の命令を守れ。
     あなたの母の教えを捨ててはならない。
    21 それをいつも心に結び、首に結び付けよ。
    22 あなたが歩くときには、それがあなたを導き、
     寝ているときには、あなたを見守り、
     目覚めるときには、あなたに話しかける。
    23 命令はともしび、おしえは光、
     訓戒のための叱責は、いのちの道であるからだ。

    父の命令、母の教えは、人生を導き、守る。だから、それをしっかりと保ち、それに聞き従わなければならない。
    この場合、父や母という存在の「善」が前提とされていますが、必ずしも父や母が善であるとは限りませんので、父や母の命令や教えを広く民族の伝統や言い伝えをも含む命令や教えと理解してよいかもしれません。
    伝統や言い伝えというと、現代においては意味を失ったものもたくさんあると思いますし、かえって人権を傷つけるような伝統や言い伝え、慣習、因習というものもありますので、単純に伝統や言い伝えを善と考えることもできません。
    そうすると、ここではさらに一歩進んで聖書における命令、教えと理解するのがよいのだと思います。聖書は、最初から書物のかたちで存在したわけではありません。すなわち読むという形で存在したわけではありません。口伝の時代があり、巻物の時代がありました。すなわち「聞く」という形で存在していたのです。聖書は朗読されるものであり、聞かれるものでした。それは教会(会堂)で教えられるとともに、圧倒的に父や母から教えられるものでした。

    命令、おしえ、訓戒のための叱責。いずれも現代においてはあまり歓迎されないような言葉かもしれません。しかしこれらこそ、人生を照らし導くともしび、光であり、私たちをいのちの道に導くのです。