投稿者: 塩辛と お茶漬け

  • 宿営の外に出て

    静まりの時

    • テーマ:十字架をとって
    • 聖書箇所:ヘブル13・7~16
    • 日付:2026年03月10日(火)

    13 ですから私たちは、イエスの辱めを身に負い、宿営の外に出て、みもとに行こうではありませんか。
    14 私たちは、いつまでも続く都をこの地上に持っているのではなく、むしろ来たるべき都を求めているのです。
    15 それなら、私たちはイエスを通して、賛美のいけにえ、御名をたたえる唇の果実を、絶えず神にささげようではありませんか。
    16 善を行うことと、分かち合うことを忘れてはいけません。そのようないけにえを、神は喜ばれるのです。

    賛美のいけにえ、御名をたたえる唇の果実を、絶えず神に献げる。賛美歌を歌う、ということですが、ただ歌を歌う、ということではなく、善を行うこと、分かち合うこと、そういう生き方をする、ということです。それが賛美のいけにえを献げることです。

    そのためには、イエスの辱めを身に負う、そして宿営の外に出る。すなわちこの世に遣わされていく、あるいは自分の殻に閉じこもるのではなく、広く社会に出て行く。あるいは自分の凝り固まった考え方から脱却する。こころを広くする。そうして、御許、すなわちイエスさまのそば近くに行く。

    信仰生活とは、ひたすらそういう生活をすることだと思います。

    そのためには、私たちは、いつまでも続く都を地上に持っているのではない。来るべき都を求めている、ということが確かにされなければなりません。